あぜ道

娘が赤ちゃんだった頃、よく、家の裏のあぜ道を抱っこして散歩した。

うちは街から少し離れたローカルエルアにあった。
近くに目立った建物はなく、掘立小屋のような小さな家が点々とし、
隣の空き地では牛が放牧されていて、時にその牛たちがうちの敷地に入ってくることもあった。

裏手には小さな水路があって、
その脇に幅1メートルに満たないほどの細いあぜ道があった。
道の両脇には、私の背よりも高い草がぼうぼうに生えていて
よく見ないとあることさえ見逃してしまいそうな、小さな道だった。

当時、わたしには「足」がなかった。いや、バイクは持っていたのだが
さすがに赤ちゃん連れでは乗ることもできず、どこかへ出るには
誰かに乗せてもらうか、表通りに出てトゥクトゥクを呼ぶしかなかった。
昼間は暑いし、表通りに出ようにも、そこまでの道は赤土でぐちゃぐちゃ。
そして何より、赤ちゃん連れで行きたいような場所もなかったので
必然的に、うちかうちの周りで過ごすことが多かった。

毎朝、そのあぜ道を散歩するのが日課だった。
娘をスリングに入れて、ぽくぽくと歩く。
童謡を歌ったり「いい天気だね」なんて話しかけたり。
草の切れ間から見える空は抜けるように青く、緑と青のコントラストが眩しかった。
距離にしたら200mくらいだったのか。あぜ道は途中で切れて
その先はただの草むらになっていた。
何のために、誰が作ったのか謎のあぜ道。
行き止まりに行きつくと、くるりと翻して元の道を戻った。
また童謡を歌いながら。

それから10年近く。
街の開発が進み、隣の空き地にはきれいな家が建ち、牛たちはもう来なくなった。
裏の水路は変わらずあったが、その前の道は舗装され、
大きなトラックがじゃんじゃん走るようになっていた。

小さなあぜ道は、跡形もなくなくなっていた。


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by toi-tom | 2018-03-27 14:02 | カンボジア | Comments(0)