故障する信号

信号が動かないこともあるんだと、カンボジアで初めて知った。
日本にいると、1年365日、24時間休みなく働くのが当たり前で
消えるなんて考えもつかないでしょう?
でもカンボジアでは、停電やら故障やら動かなくなることはしょっちゅうだった。

わたしの住んでいた街・シェムリアップには
市内に信号が(当時)6つだけあった。
街の規模からすると、どう考えても6つでは少ない。
大きな国道、街の目抜き通り…。地方都市とはいえ
年々人口は増え続け、発展とともに交通量も格段に多くなった。
それでも、住み始めた頃は確か1つか2つだったことを考えると、微かにだが増えている。

信号の故障は頻繁だった。
ただでさえ、大通りの往来の多い場所にある信号。
ラッシュ時は押し寄せる津波のような車バイクが押し合いへし合いで
それはもう、大変なもの。
ピーと笛を吹いて交通整理をする警官の頭上で、技工士たちが
一生懸命修理しているのだが、当然すぐには直らない。
でも、渋滞に悪態をつく人はいても、故障自体に文句を言う人はいない。
信号は故障する。ここでは、ごく当たり前のことなのだ。

信号の中には、設置だけされて電気が通っていないものもあった。
はじめ見た時には「そのうち使われるかな」と思ったが
ついぞわたしがいる間に、使われることはなかった。 
往来の多い交差点だったが、信号がなくとも
それなりになんとかなっていたようだし
「危ないから信号をつけろ!」という声も聞いたことがない。
ひょいひょいと合間を縫いながら進むバイク。
ハナから左右を見ず、まっすぐに突き抜ける車。
よくこれで事故が起こらないなと感心するが
彼らなりの独自の感覚、ルールで、絶妙に事故を回避していたようだ。

「あったらあったでいい、でも、なくてもなんとかなる」
カンボジアではあらゆる場面でそう感じさせられることがあった。
これが<カンボジアの知恵>なのかもしれない。


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by toi-tom | 2018-03-27 14:06 | カンボジア | Comments(0)