ランちゃんのこと

ランという名前のメス猫を飼っていた。
飼っていたというより、いつの間にか住み着いていた。

カンボジアでは猫も犬も基本的には放し飼いだ。
犬はまだ「飼う」に等しいが、猫は「居つく」。
最近は外国人が猫を「飼う」姿を見かけるようになったが今もカンボジア人にとって、
猫は飼うに値しない動物のようで、たとえ家に居つていても名前がつけられることはない。
どの猫も等しく「チュマー(猫)」と呼ぶのだ。(犬には名前をつけている)
家には当然住人もいるが、飼っているわけではないので、特段世話はしない。(でも追い払ったりもしない)
なので、猫は家(敷地)に居つくのだが、人も猫もお互いただ「いる」という風なのだ。

うちの敷地にも猫一家が居ついていた。
もう10年近く前だっただろうか、メスの野良猫がふらりとやってきた。
その猫は妊娠していて、程なくして出産。しかし母猫は肥立ちが悪く死んでしまった。
残された子猫たちはそのまま居つき、うち何匹かはすくすくと育った。
その子猫が子を産み、さらにその子が子を産み…と続き、
気がつけば立派な猫の大家族になっていた。
そのうちの一匹が、ランである。

猫一家の数はその時々によって違うが、常時3~7匹くらいいた。
子猫は一度に数匹生まれることもあるが、何事もなく大きくなる猫は限られる。
母猫が育児放棄したり、オス猫に食べられたり、ふらりといなくなったり、
食べ物にあたったり…と、成猫になるまでに数々の危険が伴う。

カンボジアは温暖な気候のせいか、猫の発情期が頻繁で、年に2~3回ある(ように見える)。
そのため、大人になったメス猫はしょっちゅう発情し出産しており、そのサイクルはとても速い。
ランの母猫は体が丈夫なのか、記憶にあるだけで5回以上は出産している。
そのたびにどんどん子猫は増えていくのだが、上記の理由から減るペースも速いので、
家中猫だらけということにはならず、ある一定数で保たれるのだ。

ランはこげ茶色のトラ猫だった。
ランの母猫は、ランとあと2匹を産んだが、この中で成猫になったのはランのみ。
残りはいつの間にかいなくなっていた。

うちにはアパートやら一軒家の貸家やらが建っていて、猫一家はこの敷地の中に居ついていた。
わたしの住居はアパートの2階にあり、普段そこに猫が来ることはあまりなかった。
ところが、なんとなく余った魚の骨やら賞味期限切れの缶詰やらをやっているうちに、
「エサをくれる人」と認識したのか、ランは2階にたびたび現われるようになった。
それまでは名前をつけていなかったのだが「呼び名が必要だよね」ということで、娘が「ラン」と命名した。
ちなみに、後になって娘に「なぜランと名づけたか」を聞いたら「乱暴だから」…と。なんとも不憫である。

ランはメスだが低くドスの効いた声で「ニャァ~~」と鳴き、性格はサバサバ系。
あまり愛想のない猫だった。餌付けははじめは気まぐれだったが、
そのうちに定期的になると本格的に2階に居つき、堂々と家に入って
ふかふかの座布団で昼寝するようにまでなった。
自分はこの家の猫である、という自負があるらしく、
たまに他の猫がふらりとやってくると「フー!!!!」と威嚇し追い払った。

また、ランはトンレサップの淡水魚で育ってきたせいか、海の魚はあまり好きではなく
サーモンの皮や残りを持っていっても、見向きもしなかった。
(カンボジアでは輸入品であるサーモンは高級品なのだ。)

カンボジアの猫は基本的に外で過ごす。
ランも出入り自由で(ドアは基本開けっ放しなので)気の向くまま、
部屋に遊びに来たり外に出て行ったりしていた。
ネズミやトカゲを捕獲することもしょっちゅうで、大物を捕まえた時には、
「よくやったでしょう!」とばかりに、見せに来る。
ある日、朝ドアを開けたら頭部のないネズミが横たわっていて、思わず「ギャー」と悲鳴を上げてしまった。
カンボジアの猫は野性的なのだ。

昨年帰国したとき、ランはカンボジアに置いていった。
日本ではマンション暮らしなので、連れて帰るわけにもいかないし、
敷地には母ネコはじめランの家族もいる。
完全な飼い猫でもなかったので、そのうちいないことにも慣れるだろう、と思ったのだ。

帰国した翌々日、「ランが死んだ」と連絡が入った。
なんでも、隣の家に侵入したランは、そこの飼い犬(ドーベルマンのような大きな犬が三匹いる)に噛み殺されたというのだ。
ランは気ままではあったが、用心深く、敷地の外には滅多に出なかった。
そのランが、わざわざ隣の家に行くというのは…とても不可解だった。
わたしたちがいなくなった夜、ランはニャーニャー鳴いて、落ち着きがなかったという。
もしかしたらランはわたしたちを探していたのかもしれない。

ランには申し訳ないけど、今頃この辺をふわふわ漂っていてくれたらいいなぁなんて、思ってしまう。
ごめんね、ランちゃん。


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by toi-tom | 2018-03-31 23:39 | カンボジア | Comments(0)