おじいさんのキリマンジャロ

大学時代、喫茶店でアルバイトをしていた。
カフェではなく、喫茶店である。
両者の明確な違いはわからないが、まだスタバもない頃で
カフェというものが今ほど一般的ではない時代だ。

近所の商店街の2階にあったその店は
前からあることは知っていたものの、入ったことはなかった。
友人が遊びにきた時、なんぬきなしに初めて入り
「なんかいいかんじの店だな」と思ったのが第一印象だった。

大学3年の春、人間関係でゴタゴタがあったりで
それまで入っていたサークルを辞めてヒマをもてあましていた。
特にすることもなかったので、何かバイトでもしようかな、と思った時
この喫茶店のアルバイト募集を目にした。
すぐさま、申し込みに行った。

店は細長く狭く、カウンターからは全席が見渡せるほどだった。
席数も20程度だったか。店長とバイトは1~2名いれば回せるくらいの大きさだ。

駅から近く、商店街にあるとあって、割と回転はよかった。
今のように学生が気軽にカフェ利用するような時代ではなかったこともあり
利用者のほとんどが大人だった。
ブレンド1杯430円、安くはない値段だ。
豆の種類の多さがウリで、当時としてはかなり揃えていたのではないかと思う。
アメリカン、フレンチ、モカ、マンデリン、トアルコトラジャ、雲南…
一番高かったのはキリマンジャロで、たしか1杯800円だった。

わたしはついぞ飲まずに終わった、その高級コーヒーにまつわる
忘れられない出来事がある。

お客さんの中に、いつもキリマンジャロをオーダーする、おじいさんがいた。
おじいさんは足が悪く、2階までひとりで上がるのが難しいので
いつもお嫁さんが付き添って来ていた。
おじいさんは時折、お嫁さんと平日の午後に来ては
一番端にある2人がけの席に座り、おいしそうにキリマンジャロを飲んでいた。
2人は特に何を話すわけでもなく、静かにコーヒーをすすっていた。

しばらくしたある日、お嫁さんがひとりでやって来た。
「キリマンジャロを持ち帰りたいのですが」
おじいさんは病気になり、自宅療養しているとのことだ。
病状は芳しくなく、もう喫茶店へ自分で行くこともできない。
それでも、いつも飲んでいたあのキリマンジャロを飲みたい、と。
店長はポットいっぱいにキリマンジャロを淹れて、お嫁さんに渡した。

どのくらい経っただろうか。おじいさんが亡くなったと、店長から聞いた。
人生の最後に飲んだキリマンジャロは、どんな味だったのか。
飲んだとき、おじいさんはどんな気持ちだったのだろう。
今でもふと、思い出す。

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by toi-tom | 2018-04-08 02:42 | 日々雑感 | Comments(0)