シュルっとなくなる

長く住んでると、カンボジアのことやカンボジア人のことを
ついわかったような気になってしまうことがあるけど
時々、ヒュっとふいをつかれるというか、
やっぱりわからないなあ、と思う瞬間がある。

そのひとつが、「シュルっとなくなる」現象。

シュルっとなくなるって何?ってかんじだけど・・・
たとえば。
すごい仲違いをしていたのに、何事もなかったかのように元通りになっている、とか
伝えたことが、まったくなかったかのように消えている、とか。

もちろん、どこでも起こりうることかもしれないんだけど、
「あったことが、シュルっとなくなってる」かんじなのだ。

「(過去のことは)水に流す」という言葉があるけど
これは「もうぐだぐだ言っていても仕方ないし、このへんで終わりにしとこうよ」というような
ある種の「流そうとする意思」が働いているように思うけど
この「シュルっとなくなる」には、それがない。
あったことが、そもそもなかったことになってる、消えている、に近いかも。
あくまで個人的な感覚なんだけど。

ベビーシッターをしていた子が急に「やめる」と言って
田舎へ帰ってしまい、仕方ないから他をさがして雇ったら
その3ヵ月後に何事もなかったかのように「てへっ」と戻ってきたり。
(ごめんなさい、とか、こういう理由で戻ってきたのよ、とか一切なし)
※でもこれは、生活に困ったのかな?とか推測ができる。

カンボジア人上司に、部の状況とか意見とかを1時間くらい説明して
「そうですか、わかりました!」と頷いていたのに
それからしばらくして、そのことについて触れたら「何ですか、それは?」と言われたり。
(この間話しましたよね!?と言っても、はて?という顔をされたり)

いちばん「?」だったのは、飼っていた犬のこと。
あるとき、家族が飼っている犬が、隣の家の犬にかみ殺された。
カンボジアの犬は基本的に放し飼いで、隣の犬もいつもは家の敷地の中にいるのだけど
うちの犬のことが気に入らないらしく、隙を見てはいじめにきていた。
ある日、うちの人が留守にしている間、隣の犬は忍び込んで襲ったのだ。
うちの犬は10歳を超える老犬で、体力もなかったこともあり
傷が致命傷となり、半日後に息を引き取った。
10年以上も飼っていた犬が死に、家族たちはみんな涙を流して悲しんだ。

そして、それから2ヵ月後くらいだったかな、うちにかわいい子犬が2匹きた。
どこからもらったの?と聞いたら「隣」と。
なんと、その噛み殺した犬が出産して、その子犬をもらったのだ。

えええーーーーーーーー。
あんなに泣いてたじゃん。恨みとかないの???

どんなやりとりがあったか知らないけど
私だったら、自分とこの犬を死なせた犬の子なんて、絶対にもらいたくない。
いくらもらうにしても、他の家からとかあるだろう・・・
なんでそんなことができるんだろう・・・

ぐるぐる。
いくら考えても理解ができず。

簡単にわかったような気になってはいけないなぁと、
そんなことが起こるたびに、思うのだった。


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by toi-tom | 2018-04-19 13:00 | カンボジア | Comments(0)