ポル・ポトの墓に線香をあげる

カンボジア人映画監督、リティ・パニュ氏が書いた『消去』(現代企画室)を読んでいる。
パニュ氏は、カンボジア映画界を代表する、映像作家であり監督であり
主にクメール・ルージュ時代を題材にしたテーマの作品を撮り続けている。
昨年公開された、アンジェリーナ・ジョリーの初監督作品
最初に父が殺された 」(Netflix)に製作として参加をしたことも記憶に新しい。

彼自身、まだ10代だった頃にクメール・ルージュ時代をカンボジアで過ごし
父を亡くしたり強制労働に従事したりと、悲惨な体験をしている。
この作品では、自身の回想録と、ポル・ポト政権の幹部で
クメール・ルージュ裁判で終身刑判決が下された
元S21所長のドッチと対峙する様子が交互に描かれている。

まだ最後まで読んでいないが、言わずもがな、当時の様子はあまりに悲惨だ。
いつ終わるのか、終わらないかもしれない地獄のような毎日。
どんな気持ちで日々を過ごしたのか、想像を絶する。

クメール・ルージュで最も有名な「悪役」は、もちろんポル・ポトだろう。
だがカンボジア人にとって、彼やその政権は、
本当に悪なのだろうかと、わからなくなることがある。

以前、勤めていた日本語誌で、クメール・ルージュ時代を生き延びた人たちに
当時の様子を語ってもらうという特集を組んだ。
そして、性別、年齢、過ごした場所もバラバラの5名にインタビューをした。
彼らはそれぞれに凄惨な体験をしていた。
家族を殺されたり、あわやキリングフィールド送り寸前だった人もいる。
だが不思議と、ポル・ポトや政権の悪口を言う人はいなかった。
(○○の村長が怖かったとか、そういうのはあるが)
逆に、その後侵攻してきたベトナム軍や、きかっけを作ったアメリカを非難する人が多かった。

別の話になるが、社員旅行でプレアヴィヒア遺跡へ行ったことがある。
その道中に、タイ国境にあるポル・ポトの墓へ立ち寄った。
小高い丘陵の、草むらの中に立てられた粗末なお墓。
そこで驚いたのは、カンボジア人スタッフたちが、一様に線香をあげていたことだ。
私たち日本人はあっけにとられ「なんで?」と顔を見合わせていたが
彼らは当たり前のように、お線香をあげ手を合わせていた。
なぜそんなことができるのか。今でもわからない。

彼らにとってのポル・ポトとその時代は、
いったいどんな位置にあるのだろう。


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Commented by nikon_leica at 2018-06-09 18:31
初めまして。
トゥール・スレンや、キリング・フィールド、地雷博物館などへ行った事があり、カンボジアの撮影で日本で写真展もした事があります。
記事を拝読して、「彼らは当たり前のように、お線香をあげ手を合わせていた。」との一文に驚いています。
時代が変わって、別な存在意義となっているのか、そもそもが他国の人が考えているイメージと違うのか、宗教観念としての合唱なのか…と色々と考えてしまいました。
当たり前過ぎる事ではありますが、日本人としての基準や概念では測れない事があることに、今更ですがこの一文に学ばせて頂いたような気がしました。
Commented by toi-tom at 2018-06-11 00:48
> nikon_leicaさん
そうですね。この件だけではなく、日本人の概念では測れないことのほうが、多いような気がします。
よくポル・ポト時代だけが切り取られますが、その後10年以上、ずっと内戦だったんですよね。
ベトナムという国の存在は大きく、その影響は今も色濃く残っていることは確かだと思います。
by toi-tom | 2018-06-09 18:10 | カンボジア | Comments(2)